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利息制限法と出資法

日本における金貸しの歴史は意外と古く、貨幣の流通が始まった頃にはすでに「お金のある人がない人に貸して金利を取る」といった今の消費者金融と変わらないシステムが成立していました。しかしそういった金融業を直接規制する法律が施行されたのは昭和の時代に入ってからで、それまでは一切の法律なしで金貸しが横行していたことになります。

昭和になってから施行されたのが金利を取り締まる「利息制限法」と、利息に関する刑事罰を定めた出資法「出資の受け入れと預かり金及び金利等を取り締まりに関する法律」いわゆる、そして庶民金融業を規定する自主規制法「貸金業者の自主規制の助長に関する法律」等です。この昭和29年に施行された利息制限法で規定された上限金利は10万円未満の融資で20%未満、100万円未満で18%未満、100万円以上で15%未満と規定されています。

上限金利だけ見ると現在と同じことに気づくでしょう。この利息制限法を金融業者が厳守していれば、サラ金が社会問題とならなかったでしょうし、過払い金請求も起こらなかったでしょう。なぜこの利息制限法を厳守しなかったのかは、同時に施行された出資法の上限金利がはるかに高かったからです。なぜ二つの法律の上限金利の数値が違っていたのかは不明ですが、出資法で定められた上限金利は今の常識では考えられないような高金利だったのです。

推移図

出資法改正

昭和58年、サラ金問題で暴力が自殺者が多発したことで社会問題となり、ついに消費者金融を直接規制する法律の規定が要求され、貸金業法と出資法の改正法が制定されます。この時改正された出資法では改正前の109.5%という天文学的な高金利が73%に引き下げられます。といってもまだそれでも天文学的な数値ですが。

改正前は高金利を貪る悪質業者が跳梁跋扈し、一年で借りたお金が倍以上に膨らんでしまうこの「利子が利子を生む」恐怖に、消費者は震えあがったものです。当然のように借金を払えなくなる利用者が多発し、それに伴う過酷な取り立て行為も社会問題の要因となったのです。当時は取り立てに関する規制もなかった時代ですから、取り立て屋はやりたい放題だったのです。

その後、時代とともに徐々に出資法が改正され、改正当初の73%は1986年には54.75%、1991年には40.0%、2000年には29.2%となり、そして2010年には現行の20.0%となったのです。つまり50年の歳月をかけて利息制限法の上限金利と肩を並べたことになります。

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